You are listening to “BlogMan Jack Show(BMJ)”.
18曲目の紹介です。前回の1979年から1967年に12年遡ります。
例によって、下の窓から曲を聴きながら続きを読んでください。
● 歌手: ミリアム・マケバ
● 作詞・作曲: ミリアム・マケバ / ジェリー・ラゴヴォイ
● リリース: 1967年
● ビルボード年間チャート: 100位以下です。週間のホット100での最高位は12位です。
● リリース当時の日本のラジオでのオンエアー頻度: よく聞きました。
この曲は最初に1957年に南アフリカ共和国(南ア)でリリースされ、その後1967年にアメリカで再録音・リリースされ、これがヒットしました。歌は両方とも南ア出身のミリアム・マケバです。
作詞・作曲者に関して、ウィキペディアによれば1957年版の作詞・作曲はドロシー・マスカということになっていますが、LyricsFreak.comでは上記のミリアム・マケバ/ジェリー・ラゴヴォイとなっています。なぜ、このように作者名が変わってしまったのかは謎で、おそらく後者の二人は1967年版の方だと思うのですが、それにしてもガラッと変わる理由は何だろうか?どちらかが間違えているのかな・・・。また、LyricsFreak.comではもう一人、エドガルド・フランコという名前がありますが、この人の役割も分からない、ということで作者に関してはすっきりしません。尚、上記のジェリー・ラゴヴォイはアメリカのソング・ライター兼編曲者兼プロデューサーで、ストーンズでお馴染みの『タイム・イズ・オン・マイ・サイド』を作った人です。
ミリアム・マケバは1932年ヨハネスブルグ生まれで、この曲のアメリカ・リリースの1967年には、引き算すると35才です。アパルトヘイト(南アの人種隔離政策)反対運動の活動家でもあり、1960年には国外追放されており、その後の活動拠点はアメリカだけではなく、アフリカ・ヨーロッパの世界各地のようです。南アに戻ることができたのは1990年で、この年には反アパルトヘイトの代表かつ終身刑で収監されていたネルソン・マンデラも釈放されています。尚、アパルトヘイトが完全撤廃されたのは1994年、ネルソン・マンデラが大統領になってからです。
歌詞はこちらの通りで、ズールー語らしいのですが意味は分かりません。途中のセリフは英語ですが、説明は省力します。
尚、この曲が3回目の67年リリース曲です。ついでに、68年が既に5回ですから、このブログはこの辺りに偏っていることが分かりました。報告まで、です。
