Superbird(スーパーバード)

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やっと20曲目の紹介です。この曲も、最近は埋もれかかっています。
例によって、下の窓から曲を聴きながら続きを読んでください。

曲のデータは次の通りです。
● 歌手: ニール・セダカ
● 作詞・作曲: ハワード・グリーンフィールド / ニール・セダカ
● リリース: 1971年
● ビルボード年間チャート: 100位以下です。週間のホット100でも100位に入っていません。
● リリース当時の日本のラジオでのオンエアー頻度: まあまあ聞きました。
上記のビルボードの順位からもお分かりのように、この曲はアメリカではヒットしていないようです(そもそも、シングル盤も出ていません)。しかし、日本ではそこそこヒットしました。今聴いてみると、アレンジが多少大袈裟、と言うか感情過多と言うか・・・と感じますが、71年当時にはまったく感じませんでした。
ニールセダカ(1939年生まれ)は1950年代末から60年代初めにかけ、『カレンダー・ガール』等のヒットで大人気歌手となります。20才そこそこです。日本での人気もものすごかったそうです。その後人気は下火となりますが、1974年の『雨に微笑みを』辺りでヒットチャートにカムバックしました。日本ではベテラン・シンガーの扱いで、静かな人気と言ったところです。従って、今回紹介した曲は本格カムバックのチョイ前の曲ということになります。つまり、まだ珍しかった頃。尚、2011年にも新曲をリリースしているようなので、カムバック後は息が長いようです。勿論、今でもご健在です。
また、彼は2006年にギネス世界記録に認定されています。対象は、彼が1971年に作曲した『アマリロ』が21世紀にイギリスで一番流行った曲となったというものです(21世紀は始まったばかりですが・・・)。そう言う認定もあるのかな、と思いますが、この曲はイギリスの歌手トニー・クリスティが1971年にリリースしてまあまあヒットした後、2002年にTV番組で使用されたのがきっかけで2005年に再び、それも爆発的にイギリスでヒットしてギネス認定となったそうです。

この曲の歌詞はこちらの通りで、大雑把に言えば、何事も疑うことを知らなかった子供時代を、自身が子供を持ってから思い出した・・・という感じかな?自信がないけど。 尚、作詞のハワード・グリーンフィールドはニール・セダカより3才上で、彼らが10代の頃にNYのブルックリンの同じアパートに住んでいたのが縁で、その頃から曲作りのコンビを始めたというくらい長いつきあいで、上記の『カレンダー・ガール』や『アマリロ』の詞も彼です。

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Z(ゼット)

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19曲目の紹介です。1970年に日本で公開されたフランス映画『Z』のテーマ曲です。
例によって、下の窓から曲を聴きながら続きを読んでください。

曲のデータは以下の通りです。
● 作曲: ミキス・テオドラキス
● リリース: 1969年(フランスで映画公開した年)
● リリース当時の日本のラジオでのオンエアー頻度: 聴きました。
ミキス・テオドラキス(1925年生まれ)は、この曲の他にも『その男ゾルバ』等の映画音楽を担当していますが、クラッシックやバレエ等の幅広い分野で実績を残しているギリシアの大作曲家です(と言っても、これから聞くつもりで、まだ聞いたことはありませんが・・・)。また、戦後の1954–1959年にはフランスで作曲の修行をしています。
また、彼には左派の活動家という側面もあり、1968-1974年のギリシャの軍部独裁政権下には反政府活動を行い、逮捕・島流し(ギリシャは島が多い)・国外追放にあっています。この曲はその時期に作られていることになります。上記以外にも、第2次世界大戦中にギリシャがドイツ等に占領された時にはレジスタンス、その後の内戦時にも活動家(この時期にも逮捕・島流しされている)となるなど筋金入りです。独裁政権後にギリシャが共和制となってからは国会議員や大臣を務めています。以上のように世界的に見ても例のない経歴を持った作曲家です。
さて、映画の方ですが、詳しくはこちらをご参照いただくとして、ギリシャを連想させる国の軍事政権による左派政治家の暗殺事件をテーマとしていおり、前半の主人公はイヴ・モンタンで、彼が演じる政治家が暗殺され、後半は主人公がジャン=ルイ・トランティニャンに替わり、彼が演じる予審判事が暗殺事件の真相を暴く、というものです。政治的なテーマでありながら、スリリングで面白い映画です。特に後半はテンポがいいです。脚本/監督のコスタ・ガヴラス(1933年生まれ)もギリシャ生まれで、1956年からはフランスで映画の修行をして、そのままフランスで映画を作っています。ついでに彼の父親はギリシャ内戦時の左派レジスタンスだそうです。更に、映画の原作者ヴァシリス・ヴァシリコスも1934年生まれのギリシャ人で軍部独裁政権下には国外追放されています。ということで、原作者は勿論ですが脚本/監督・音楽とも映画のテーマと共通したバックグラウンドを持っています。
最後に、下は例によって「金沢八景シネマ」ご提供のポスターです。タイトルが一文字のせいか、デザインが斬新です。『Z』の文字の下で倒れているのはイヴ・モンタンでしょう。タイトルの『Z』の意味は・・・ウィキペディアをご参照ください。
Z

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Pata Pata(パタパタ)

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18曲目の紹介です。前回の1979年から1967年に12年遡ります。
例によって、下の窓から曲を聴きながら続きを読んでください。

● 歌手: ミリアム・マケバ
● 作詞・作曲: ミリアム・マケバ / ジェリー・ラゴヴォイ
● リリース: 1967年
● ビルボード年間チャート: 100位以下です。週間のホット100での最高位は12位です。
● リリース当時の日本のラジオでのオンエアー頻度: よく聞きました。
この曲は最初に1957年に南アフリカ共和国(南ア)でリリースされ、その後1967年にアメリカで再録音・リリースされ、これがヒットしました。歌は両方とも南ア出身のミリアム・マケバです。
作詞・作曲者に関して、ウィキペディアによれば1957年版の作詞・作曲はドロシー・マスカということになっていますが、LyricsFreak.comでは上記のミリアム・マケバ/ジェリー・ラゴヴォイとなっています。なぜ、このように作者名が変わってしまったのかは謎で、おそらく後者の二人は1967年版の方だと思うのですが、それにしてもガラッと変わる理由は何だろうか?どちらかが間違えているのかな・・・。また、LyricsFreak.comではもう一人、エドガルド・フランコという名前がありますが、この人の役割も分からない、ということで作者に関してはすっきりしません。尚、上記のジェリー・ラゴヴォイはアメリカのソング・ライター兼編曲者兼プロデューサーで、ストーンズでお馴染みの『タイム・イズ・オン・マイ・サイド』を作った人です。
ミリアム・マケバは1932年ヨハネスブルグ生まれで、この曲のアメリカ・リリースの1967年には、引き算すると35才です。アパルトヘイト(南アの人種隔離政策)反対運動の活動家でもあり、1960年には国外追放されており、その後の活動拠点はアメリカだけではなく、アフリカ・ヨーロッパの世界各地のようです。南アに戻ることができたのは1990年で、この年には反アパルトヘイトの代表かつ終身刑で収監されていたネルソン・マンデラも釈放されています。尚、アパルトヘイトが完全撤廃されたのは1994年、ネルソン・マンデラが大統領になってからです。

歌詞はこちらの通りで、ズールー語らしいのですが意味は分かりません。途中のセリフは英語ですが、説明は省力します。
尚、この曲が3回目の67年リリース曲です。ついでに、68年が既に5回ですから、このブログはこの辺りに偏っていることが分かりました。報告まで、です。

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Street life(ストリート・ライフ)

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17曲目の紹介です。この曲は完全に埋もれてはいないようですが、オンエアー頻度は低いです。
例によって、下の窓から曲を聴きながら続きを読んでください。

曲のデータは次の通りです。
● 歌手: ランディ・クロフォード
● 作詞・作曲: ウィル・ジェニングス/ジョー・サンプル
● リリース: 1979年
● ビルボード年間チャート: 100位以下です。週間のホット100での最高位は36位です。
● リリース当時の日本のラジオでのオンエアー頻度: リリース当時は聞いていませんが、1982年のアメリカ映画『シャーキーズ・マシーン』で使われてから聞くようになりました。

今回、この曲について調べてみると、アメリカのフュージョン・グループのクルセイダーズのアルバム『ストリート・ライフ』の中で、ランディ・クロフォードが歌ったアルバム・タイトル曲というのがアメリカでの位置づけということが分かりました(知ってた人は知ってただろうが・・・)。従って、billboard.comのTop100ではランディ・クロフォードで調べても出てこなくて、クルセイダーズで調べたら上記の36位が出てきた次第です。上の動画は4:12バージョンですが、アルバムのオリジナルは倍以上の11:18だそうで、このバージョンもYouTubeにはアップロードされています。
作曲のジョー・サンプルはクルセイダーズのキーボード担当で、この曲でもシンセサイザーを軽快に弾いています。更に、作詞のウィル・ジェニングスですが、ご存じ1997年のアメリカ映画『タイタニック』の主題歌『マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン』も作詞していて、グラミー賞やアカデミー賞をいくつも獲っています。他にはエリック・クラプトン『ティアーズ イン へヴン』、ディオンヌ・ワーウィック『恋よさようなら』等々で、守備範囲の広い売れっ子です。

歌詞はこちらの通りで、路上生活者の歌ではなく、街には非日常がいっぱい・・・という感じのようです。
この曲がオープニングに使われた(←と記憶してますが)映画『シャーキーズ・マシーン』の概略はこちらをご参照いただくとして、主演のバート・レイノルズについては、自分はこの映画でレイノルズ・アレルギーが治りました。それまでは嫌いの部類だったのですが、この映画では特にマッチョでもスーパーマンでもなくて、好感を持ちました。バート・レイノルズの映画は見る気もしない、と思っている方にお薦めの映画です。同時に、この曲ももっと好きになります。尚、この曲は他にも1997年のタランティーノの映画『ジャッキー・ブラウン』でも使われていますが、観ていないのでノーコメントです。タランティーノですから、面白いはずですが・・・。

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Everybody Knows(青空が知っている)

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16曲目の紹介です。この曲は、完全に埋もれていたと思います。
例によって、下の窓から曲を聴きながら続きを読んでください。

曲のデータは次の通りです。
● 歌手: デイヴ・クラーク・ファイヴ
● 作詞・作曲: デイヴ・クラーク/レニー・デビッドソン
● リリース: 1967年イギリス、1968年アメリカ
● ビルボード年間チャート: 100位以下です。ホット100で最高位43位です。
● リリース当時の日本のラジオでのオンエアー頻度: まあまあ聞きました。

デイヴ・クラーク・ファイヴ(略称DC5)は、当時の日本ではビートルズ・ストーンズ以外のイギリスのその他大勢グループの一つという印象で、この曲がリリースされた67年もビートルズが『愛こそはすべて』、ストーンズが『シーズ ア レインボー』ですから、このグループのチマチマ感が増してしまいます。つまり、ラジオのヒット10ものでビートルズ・ストーンズが上位でかかっている時に、中位くらいでこの曲がかかっていたという印象です(但し、イギリス・アメリカでは日本に比べるとメジャーだったようで、エド・サリバン・ショーにも何回も出ているようですが・・・)。曲のアレンジはグループ以外の人間による演奏がメインとなっており、これはビートルズ・ストーンズの上記の曲も同じで、この当時の流行です。ただし、この曲にこのアレンジはよく合っていると思います。
グループのリーダーはデイヴ・クラークさんで、ドラムスの、他のメンバーに比べて可愛げに欠けてる人です。演奏時には一番前にデンと座り、俺がリーダーだ、と主張しているようです。

歌詞はこちらの通りで、彼女に振られた上に、それを友達に見られて惨め~という面白い状況を歌っており、メロディーも似合ってます。ただ、日本の題名『青空が・・・』は、とってつけたような題名だと思います。青空は関係ないだろ。そのまま『エブリバディ ノウズ』でよかったのでは・・・。

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